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最高裁判所第二小法廷 昭和36年(オ)966号 判決

上告人 河野輝男

被上告人 徳島県知事

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告人の上告理由第一点について。

論旨は、原判決が上告人の適法な申請に基づかないでされた本件(ロ)の農地についての所有権移転の許可処分が違法でないと判断したことは、農地法三条の規定の適用を誤つたものである、と主張する。

しかし、原判決(その引用にかかる第一審判決)挙示の証拠によれば、所論の点に関する原審の事実認定は是認することができ、その判断に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨選択、事実の認定を批難するに過ぎないものであつて、採用のかぎりでない。

同第二点について。

論旨は、原判決が本件許可指令書の上告人に交付されていないという瑕疵は本件処分の取消原因とはならないと判断したことに法令の解釈を誤り、審理不尽の違法がある、という。

しかし、本件指令書は上告人との共同申請人であつて本件農地譲受人たる戸出匡に交付されたにとどまるが、譲渡人たる上告人も、すでに本件処分のなされた事実を知り、農林大臣に訴願を提起し、その棄却裁決を受けるに及び本訴を提起したことは、原判決(その引用にかかる第一審判決)の認定するところであり、かかる事実関係の下において、原審が本件許可指令書が上告人に交付されていないという瑕疵をもつて本件処分の取消原因とはならないとした判断は、正当であつて、是認することができる。論旨は、叙上と相容れない独自の見解に立脚して原判決の違法をいうに帰し、採用することができない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤田八郎 池田克 河村大助 奥野健一 山田作之助)

上告人の上告理由

第一点原判決は農地法第三条一項に関する許可の本質を詳にせず単に許可の外形のみに捉われ判決なしたる違法あるものに該当し原判決は全部破毀を免れずとすべきである。

昭和二十九年三月下旬頃上告人の妻の弟訴外明石幸一が原告方を訪れ事業資金にしたいから金を融通して欲しいとの申入れがあつたので上告人所有の徳島県麻植郡西麻植字田淵三十九番の四は上告人の時代になつて買つたものであるから、これを抵当に入れて他人から金を借りることを条件に担保を貸し抵当権設定の登記をするために上告人の印鑑を貸したものであるところ、右明石幸一は訴外石田善一なる窃盗その他前科数犯ある男と共謀して、抵当権設定の委任の範囲を踰越して、この土地を訴外戸出匡に売渡すことの契約を締結し上告人は価格を未だ知らないが時価の半額にも充たない廉価で売買契約をしたものと思う。そうして鴨島町農業委員会の農地法第三条に基く売買に基く所有権移転許可申請をしたものである。

このときは上告人は上告人の時代になつて買つた土地であるからとの諦めもあり、祖先の遺産を喪うものではないので爾後承諾のかたちをとり売買は認めていたものである。

然るに訴外戸出匡は非常なる廉価に味を占め他から金策して上告人所有の徳島県麻植郡鴨島町西麻植字田淵五十五番の一畑一反三畝(現況は田にして上告人の住居に添い上等の田である)を誘惑してひそかに買う計劃をたて訴外明石幸一からこれも廉価で買い入れたものであり、農地法第三条の許可の申請は訴外戸出匡と明石幸一とがこれを為し上告人は全く知らなかつたものである。

そうして明石幸一が上告人の印鑑を盗用して申請人代理人となつて行動し、これは旧西尾村農業委員会の書記多田好信と通謀し上告人へは委員会を開く通知は一切なく、また、農地法第三条一項の許可申請には旧鴨島町では本人が申請の出来ない事情があるときには、農地所有権者の印鑑証明つき委任状を提出させることとなつているのに夫れもなく、訴外明石幸一を上告人の代理人と信ずべき何等の根拠もなくして代理人としてその請託を容れていたものである。

(訴訟になつて、道路通行中に上告人と会つていつたとか農業委員会の当日使丁を呼びにやつたとかいう人証を立てているが、申請の委任状及び委昌会への出席を促す呼出状の控え又は通知状など物的になければならないものが全くなく公正なる委員会の措置はその形跡がない、)無理人のままで措置していた。

そうしてこの上告人の全く知らないうちに開いたという知事の許可申請は、これをあとから見るも昭和二十九年四月十七日である。四月一日附申請とは全く関連はない

而して被上告人が許可の指令を発したのは昭和二十九年六月四日である。

この許可指令は明らかに

「昭和二十九年四月一日附で申請した左記物件について所有権の移転をすることは農地法第三条一項の規定により許可する」と明記して指令し、もつてこれを訴外(買受人)戸出匡に手交していることについても争いなき事実である。

そうしたところ農地法第三条一項の規定による許可の指令は、これが直ちに所有権移転の登記に接着するものであることは同条第四項により

「第一項の許可を受けないでした行為はその効力を生じない」と定められており、この許可指令がなければ法務局出張所等登記所においては所有権移転の登記を行われないものであるが、この許可指令を登記申請書に附属書類として添付して申請するときにおいてのみ容易に不動産の得喪に関する登記を行われるものである。

故に、不動産たる農地については、これを所有権の移転を行うことの出来る許可を求める申請については行政庁たるものは許可申請のあつた事実とその許可指令とは厳格に一致すべきであり、その不一致の場合は事実に吻合しないものとして無効であり、少くとも許可指令は重大なる瑕疵がありというべきである。これを過誤というべきではなくして違法なる処分というべきである。

原審においても昭和二十九年四月一日附で知事の許可を申請してあつたことは当事者双方認めて争いのない事実であるのは田淵三十九番の四田一反歩だけである。

それを昭和二十九年六月四日徳島県指令阿総第一九九四号をもつて許可指令を出したのは右三十九番の四、田一反歩のほかに田淵五十五番の一畑一反三畝歩を併せた二筆である。

殊に行政処分といえば不告不理を最も重要なる原則とすべきであつて右四月一日附申請のあつたのは田一反歩一筆だけであるから右不告不理の原則に照せば四月一日附申請のあつた事項の許可申請を許可する指令は田淵三九番の四一反歩のほかには審理を加うべき権なくその申請のあつた事項についてのみ許可の指令を発すべきであ。

然るに右四月一日に申請のあつたという出淵五十五番の一畑一反三畝歩については、四月一日附申請のものとは別件であるから、その別件において審理を加えて別件の指令を出すべきものである。

乃ちこの四月一日附許可申請にない、四月十九日附許可申請は農地の所有者でない訴外明石幸一と訴外戸出匡とによりて知事への許可申請を出し全くの無権代理人が為したる許可申請であつて、夫れを農業委員職員(当時は旧西尾村農業委員会書記は多田好信)一人であつたからこれが通謀していたのか上告人へは農業委員会から許可の申請に対する呼出しなく委員会の通告はなかつた。

また、農地法三条一項に基く許可指令は農地を登記所において所有権を移転することに直ちに関係し接着しているものであるのであるからこれが、許可指令の交付は最も慎重にしてすべては交付の方則に従つて許可指令書は経由農業委員会へ送付し経由町村農業委員会からは申請人へ指令のあつた旨を通知し、指令書は申請人より指令書受領の書類に申請したときの印鑑押捺させて、それと申請人へ交付することが原則であつて従前からこの原則を守つており現在においてもこの原則守られているのであるのに訴外(申請人譲受人)戸出匡は阿波麻植地方事務所総務課開拓係長小川正司を訪れて許可指令の交付を求め四月一日附申請にない田淵五十五番の一畑一反三畝歩も指令に書きこんで貰つて交付を受けて、直接に不動産登記法に基く登記申請をして戸出匡の所有権を取得した登記を行つているものである。

そうして登記申請手続きに於ても上告人はいつ登記をしたものやら全く判らず知る由もなく上告人でないものが登記義務者となつて上告人は所有権を喪つているものである。そうして執行吏により上告人は田淵五十五番ノ一の畑一反三畝歩へは立入禁止の処分を受けてその所有権を喪つていることを知つたものである。

原審では「昭和二十九年四月一日附申請の左記物件について所有権を移転することは農地法第三条第一項の規定により許可する」とされているが、この左記物件とは許可申請には四月一日附をもつてしては田淵三十九番の四田一反歩であるのに、許可物件ではこれに田淵五十五番の一畑一反三畝歩を併せた二筆二反三畝歩である。

これでは四月一日付許可申請物件と許可の物件とが異り被告は四月一日附の申請になき物件を許可対象としているものであつて不告不理の原則に背反した許可処分をしているものであり、且つは許可申請物件と許可物件とは吻合せず、これを許可したことは瑕疵ある処分であるから違法なる行政庁の許可処分である。

殊に農地法第三条一項の許可処分は、これが直ちに農地得喪に関する不動産の登記に直結し権利義務に関する公正証書の原本に変更を加えるものとなるのであるから最も厳格にこれをしなければならないものであること勿論であり行政庁といえ共これが許可の処分は許可申請に基いて厳格厳守の義務を負うものであり四月一日附の申請に対する許可処分は四月一日附申請の物件に吻合する物件としなくてはならないものであること勿論である。

そうして農地法三条一項の許可指令と、これを申請した四月一日附許可申請書とは厳格に一致すべきものであつて不一致の場合は事実に吻合しない物件を許可したものであるから違法な許可指令である。

本件の原審判決は農地法第三条一項に関する許可の本質を詳にせず単に許可の外形のみに捉われ判決したる違法あるものに該当し原判決は全部破毀免れずとすべきである。

第二点原判決は農地法第三条一項に基く許可指令の交付をしないで為したる許可の方式欠缺は被告も認め、また原審裁判所も認めるところであるが原審では訴願して訴願棄却の裁判があつたから、そのような瑕疵は最早本件許可処分取消の原因とならないと判示しているのは事実を誤認して為したる判決であつて違法なる判決である。

乃ち本件四月一日付許可申請書に記載の物件だけを知事が許可指令を発しているなれば兎に角、本件知事の許可指令は四月一日付許可申請にない物件を加えて許可したる違法あることは第一点に陳述のとおりであるが、元来本件許可指令の係長小川正司は訴外戸出匡の近くに当時住居しており那賀郡より転勤し、しかも課長であつたものが格下げして阿波麻植地方事務所へ転勤し兎角の悪評あり、本件発生後その職を免ぜられている者である。

知事の許可指令は上告人が第一点に記述した通り許可指令は直ちに不動産登記法に基く物件の得喪に直結するものであるから許可指令を申請人経由の市町村委員会へ送附し、これを委員会より申請人へ知らせて指令書は申請人が受領の署各捺印して交付を受けることが原則であるのに阿波麻植地方事務所の係長小川正司は原則を破つて、これを訴外戸出匡へ直接経由庁への送付なくして手交したる違法あり、これを証人として尋問したる結果、これは当の習慣であつたと証言したのを援用引用して慣習法に基くが如く誤判しているものである。

慣習法とは法例第二条によると公の秩序善良の風俗に反しない慣習は法令と同一の効力があることと定められており、しかも四月一日付申請になき物件を四月一日申請のあつた物件の如く書く事を請託されて故意に物件を添加してなしたる指令書を、(公正証書の偽造にあたる)行為をしておいて公序良俗に反しない慣習という訳のものではなく、このような事例を詳さに審究するでもなく知事の指令の形式上の外形に促われて、少さな瑕疵の如く判断し且つ訴願を棄却されたことによりこの瑕疵は治愈しているが如く判示して判決していることは審理不尽、事実誤認の違法に基くものであつて違法である。

農地法三条一項の許可指令は、これが直ちに不動産登記法に基く物権変動得喪の登記に関するものである以上は知事の許可指令は権利義務に関する公正証書である。これを得んがために四月一日附知事への許可申請をしたのは田淵三十九番の四、田一反歩一筆だけである。

その後訴外明石幸一と訴外戸出匡とが四月十九日又は二十日頃に許可申請をしているのは明石幸一が上告人の氏名を冒用して為したる許可申請であつて、これは訴外戸出匡も熟知のものである。また旧西尾村農業委員会に於でも会議には本人を呼んできいたこともなく、また上告人本人へは呼出の通知状もなにもなかつたことは訴外戸出匡は熟知のものである。だから阿波麻植地方事務所における総務課開拓係長小川正司が戸出の近くに住んでいるところから直接被告庁の出先機関たる開拓係長をして四月十九日又は二十日附許可申請物件を四月一日附申請のあつた物件として申出で四月一日付許可申請のあつた物件にし華て了つて不実の事項を公正証書たる許可指令書へ書き込ませたものである。

この小川開拓係長はこれが情を知つて四月一日附にない物件を四月一日附の如くに書いて、このいわゆる不家の事項を書きこんだ偽造の公正証書たる許可指令書を正当な成規の手続きを経て町村農業委員会へ送附せず申請人名義たる上告人へは知らさないようにするため上告人へは交付していないものである。

このようにして許可を申請した一方へは許可指令書を交付せず且つ許可のあつたことを知らさない方法として成規の手続きによりて許可指令書を交付しなかつたものであるから、許可指令書を一方の申請人のいうがままに書いてやり、これが露見をおそれて許可指令を申請名義となつている上告人へは交付してないことが明かであるから、原判決に判示する如く許可指令は訴外人戸出匡との共同申請であるから申請人又は訴外人の一方に交付すれば足りると解しおることは違法であるし、また訴願の裁決があつたなら、これ等の瑕疵は治癒されると判示した判決は誤つているものである。

行政事件訴訟特例法第二条の訴とは訴願の裁決に不服なものは行政事件の処分全部について裁判を請求できるものと解すべきであるからその処分の瑕疵が重大であろうと軽微なものであろうと、違法なる行政処分の全部に亘つて取消の訴は許されているものである、故に訴願の裁決があつてもその除斥期間内に出訴したものに対しては訴願の裁決は未だ確定したというべきではない。この点について原審判決の判示は違法であるのみならず、この申請人名義へ指令書を交付しなかつた瑕疵は一見小さかつたように見えても、本件行政処分の違法を感ずかれないために故意に上告人へは交付しなかつたものであるから、その瑕疵たるや重大であり、仮りにこれが裁判に判決正本を相手方に送達の証明なくして執行するの違法と匹敵する重大性があり、殊にこれが知事の許可処分の違法(許可指令表示の物件は申請書にはなく、とれを権利義務に関する公正証書とすれば、内容は公正証書の偽造の表示物件)の表示をした違法により、これに併せて、益々違法なる処分である、といわざるを得ない。

原判決は、このように審理を尽したなら判る事柄を審理せず事実を誤認したるまま判決なしたる違法があつて原判決は破毀されるべきであり、破毀を免れないものである。

以上

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